教授 小川英治
何年か前に某メーカーで為替相場について講義をしたことがあります。当時は人民元がドルにまだ固定されていましたが、人民元がドルに対して切り上がる可能性について話をしました。話し終わった後に、中国担当の方が「本当に人民元は切りあがるのでしょうか?」と私に尋ねてきました。その質問に戸惑い、思わず「人民元が切り上がることを想定した為替リスク管理をしていないのですか?」とその方に尋ねてしまいました。
今や、日本企業の中で外国企業との取引をまったく行わずに企業経営できるものはないと言っても過言ではないでしょう。もちろん製品を輸出しているメーカーは、製品の輸出、原材料の輸入、工場の海外移転、外国企業との合弁、外国企業のM&Aという形でさまざまに深く関係しています。
また、日本国内向けにサービスを提供している企業であっても、外国人投資家(外国人株主)からの資金調達や外国企業による日本進出との競争という形で外国企業や外国人を無視することはできません。
外国企業や外国人は、その現地で自分の国の通貨を決済通貨として使っているのに対して、日本にいる我々は円を使っています。異なる通貨が存在するなかで国境を越えた取引を行うために、通貨の交換が必要となります。通貨の交換比率である為替相場が経済取引に影響を及ぼすことになります。さらに、問題を深刻化するのは、直接投資や金融に関わる活動は、ある一時点で終わる取引ではなく、現在から将来にわたっての異なる時点にわたる取引となります。そして、将来には不確実性が伴うために、将来における通貨の交換において不確実性が必然的に伴われます。これが、為替リスクです。
為替リスクは、単に過去のデータ(ヒストリカル・データ)に基づく為替相場のボラティリティだけを意味するわけではありません。為替相場制度が変更されるというような、レジーム(制度)の変更は、為替相場のボラティリティを変化させます。例えば、昨年7月21日に中国政府はそれまで人民元をドルに固定するというドル・ペッグ制度を突然やめて、人民元をドルに対して2.1%切上げた上で、ドルや円やユーロの通貨バスケットを参照とした管理フロート制度へ移行すると発表しました。そして、翌日から小幅であるが人民元/ドル相場が変動し始めました。しかも、この1年間で3%ほど人民元高となるトレンドを持って変動しています。ドル・ペッグ制度の下で人民元/ドルのボラティリティがゼロであったから、未来永劫、為替リスクがないと考えていたことは間違っています。このようにレジームの変更も考慮に入れながら、為替リスク管理を行う必要があります。
MBAコースで私が担当している「国際金融」では、為替リスク管理について理解してもらうために、様々な為替相場決定モデルを使って、為替相場の過去の動きを分析することとはもちろんのこと、為替相場制度、通貨当局による為替介入、通貨危機についても説明しています。金融の専門家だけでなく、企業経営にとって為替リスク管理が重要であることを認識している皆さんにも受講していただきたいと思います。
最後に、宣伝ですが、これまで何年かにわたって行ってきた「国際金融」の講義を教科書にした本『MBA国際金融』(有斐閣)が近く出版されます。店頭に並びましたら、手にとって読んでいただければ、幸いです。